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2008年7月 5日 (土)

虹の星-the rainbow planet 高砂淳二写真展 コニカミノルタプラザ

「夜の虹」というものが見えるらしい・・・・・・・

何かの諺でも、比喩でもありません。本当に見え、かつそれを写真に収めた写真展です。氏の挨拶文によれば、chase rainbowと言えばできそうもないことを追い求めるという喩えらしく、氏はそれを世界中で追い求めました。今回の写真展においても日本の写真は一点のみで、あとはハワイ、ニュージーランド、ブラジルなど、世界各国での写真です。

虹が見えるためにはいくつかの条件があります。まず平行光源、これは街頭やネオンサインのような点光源ではだめで、無限遠にある光源、例えば太陽のような光が必要となります。それから光を散乱、屈折させる粒子、その大きさもきちんと物理学的に計算されていて、それ以上でもそれ以下でもだめということになります。

だから月夜の明るい夜に、にわか雨か、通り雨が過ぎたあと、あるいは大きな滝の吹き上げる水しぶきなど、水滴が大気中に存在していて、月あかりとの絶妙な位置に立っていればいれば、夜であろうと、理論的に虹は見られないことはない、ということになります。でもこれは理論上に不可能ではないと言うことだけであり、僕自身夜に虹が見えるなんて比喩としても考えもしませんでした。

ただし最初に見た瞬間の正直な感想を言うと、期待が大きすぎたせいでしょうか、強烈な印象は受けませんでした。

おそらく最高の感度に上げたフィルム特有の粒子の粗さが目立っていて、せっかくの夜の虹の写真も、何か露光を間違えた失敗写真のようにしか見えかったりしたのです。

けれどもそんな僕があっと驚きを上げたのは、ニュージーランドで撮られたという写真を見てからです。

牧草地帯が広がり、海(あるいは湖)が遠望できる雄大な自然の中に架かる虹を写した作品です。抜けるような青空の元、通り雨が過ぎた残りの雲が白く、その雲を囲むようにして虹が広がっています。

作者はなだらかに下っていく牧草地に立って写真を撮っています。写真の下の方に作者自身の影が映っています。杭のてっぺんに立ち、片手で写真機を持ち、片手でピースマークをしている作者の影です。

写真のキャプションには以下の言葉、

「虹はいつでも自分中心に弧を描く」

物理学的にはきわめて当り前のことかもしれません。その言葉の響き方は今の僕の心に届きます(色々なところで痛めつけられている気分の僕にとって)。写真家は大抵とても良い文章を書きます。憎らしいほどに。数多くシャッターを押した写真から一枚を選ぶように、
言葉を選ぶのからなのでしょうか。その一言で僕はこの会場の写真を見る目が全く変わってしまいました。

何回も会場を行ったり来たりして写真を見直しました。写真の前に立っていながら、目の前の写真を見なくなっていました。この作者がシャッターを押し続けたその至福の瞬間を、追体験しようという試みていました。

「目を閉じて想像する夜の虹のイメージそのものが目の前にあった」

もっともっと写真は進歩すべきだと思います。どんなフイルムも光電素子もまだまだ闇の中に潜む弱々しい光を捕まえ切れていないのでしょう。その弱々しい光にこそ究極の美が宿っているかもしれないのに。

だから僕は写真の前で目を閉じて見ました。彼の見た虹と僕が思い描き、同時に瞼に浮かぶ虹か同じと信じながら。

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