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2008年9月 5日 (金)

Ideology in Paradise-渡邉博史写真展-銀座ニコンサロン

プラスチック製の赤い花(たぶん牡丹を模したもの)の写真があります。この花に象徴されるように、この写真展の被写体はすべて造花のようなものといっても過言ではありません。登場する少年兵士も、新婚夫婦も、女性音楽隊も、幼稚園の園児たちも。

北朝鮮に関しては既に固着してしまったいくつかのイメージがあります。背広を着て公園でボート遊びしているような、北朝鮮の権力筋が顕示しようとしているイメージ。その裏側で、慢性的な貧困や飢え、およびそれがもたらす道徳的頽廃の衝撃的スクープ映像のイメージ。
この写真展は前者のイメージに沿う形で撮られています。おそらく氏の背後に北朝鮮公安関係者の視線を感じながらの撮影だったのでしょう。

そんな彼らの世界にも綻びが見えます。例えば病室の写真です。清潔であるが殺風景な部屋。ホテルにあるような手すりのないベッド。シーツには皺一つなく、掛布にはまだ折り目が残っています。寝ているのは若い女性で、身体をこわばらせたかのようにまっすぐの姿勢で横たわり、血行のよい赤い頬をしています。いくらなんでもそんな病人はいるとは思えません。

でもそんな北朝鮮の綻びを探してもあまり意味はないのかもしれません。キッチュに見える彼らの世界を冷笑することもなく、ましては彼らに迎合することもなく、冷静な視線で、彼らの差し出すイメージを真正面から見据えて撮り続けます。

例えば少女たちのポートレート。おそらく選抜された女優か、党幹部の子女かどうかわかりません。おしなべて清楚で、真面目そうな女性ばかり。見事なほどステレオタイプです。

氏はそうした北朝鮮が提示してきた国家的イメージの中から、少女達が本質的に持っているはずの危うげな視線と、少なからず国家というものに特権階級という形にしろ、巻き込まれているというその危うさを二重に浮かび上がらせます。

静かな対決が見えてきます。彼らが差し出そうとするイメージとそれを受け取る側との対決です。作者は変にジャーナリステックにならずに、静かに拮抗します。作られた国家的イメージとがっぷり四つに組むこと。これがこの写真展の醍醐味です。

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