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2008年10月31日 (金)

松本 泉写真展-晴れと褻の狭間-銀座ニコンサロン

祭りを題材とした写真展です。

まず選んだ場所が絶妙です。(写っている看板や標識から察して)関西近郊、都心部から電車で小一時間ぐらい、それほどの田舎というわけでもなく、開発され損なって残されたままになっているという感じの農村地帯を舞台としています。祭りと言ってもよそから見物客が訪れるような大きな祭りではなく、地元の人たちのみでひっそり行われている祭りをこの作者は訪ね歩いているようです。娯楽が少なかった時代にこの祭りを唯一の楽しみとしていた老人達と、彼らに引きずらるようにして出てきた子供や孫たち、と言った人たちをカメラは収めています。

この写真家はちょっとイタズラをしています。祭りの主人公であるはずの御輿や山車といった類を一切被写体としていません。法被を着ていたり、風景にそぐわない背広姿の老人がいたり、しめなわが通りに渡されていたりするのを見て、祭りだということを察することができます。つまり作者は祭りの主体に背を向けて、御輿や山車が練られるいわゆる”ハレ”の状態から、それらが通り過ぎて元の生活に戻る”ケ”の状態、その二つの状態の狭間のぽかんとしたような、ちょっとした真空状態を写し取っています。

この写真家の立ち位置が微妙です。

つまり写真家の視点は祭られる主体側からの視点に重なります。例えば自分の葬式があって、棺桶からこっそり式の様子を眺めてみたら一体どんな風景が見えるだろうな、と想像したときのような一種の非現実感があります。

私はこれらの写真を見ていて何故か吉田知子の「お供え」という小説を思い出していました。突然写真を見ている私がふわふわと漂ってしまいそうな、奇妙な浮揚感のある写真です。

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2008年10月30日 (木)

澤田勝行写真展-"FOTO PREMIO 2008" 風の棲む街へ-コニカミノルタプラザ ギャラリーA

制服を着た小学生の女の子の写真が好きです。雨上がりの街、おそらく嵐の後だったのかもしれません。透明傘は風でめくれ上がって裏返っています。その傘を大きな器のように見たてて、覗き込むような、そして今にも踊り出しそうな仕草の女の子が写っています。

「二眼レフに白黒フィルムを詰め込んで旅に出る」ということで写真を撮り続けたということです。旅先で出会った人達のポートレートと風景写真で構成されています。写真が発明されて、その機械を初めて人類が手にしたとき、一体何を写そうと思うのか、家族の写真か、風景写真か、自画像か、なんだろうということを思い及ぶとき、この写真家のようなことをしようする人間が多いのではないか、ということを考えてしまうほど、ストレートでシンプルな写真です。

人を撮るということは一体どういうことでしょうか。つまるところ撮る側撮られる側の視線の交流あるいは非交流です。この作者は前者、積極的にお互いの視線を交流することによりシャッターを押し続けます。

被写体となる人達は笑っているわけではありません。とりたてていい顔をしているわけではありません。無表情に近い顔が多かったりしますが、とても柔らかな視線をカメラを通じて交しています。それはつまりこの作者の視線の柔らかさに他なりません。

そんな視線を旅先でいろんな人達と交せることができる、旅の楽しさが溢れています。それがこの若い写真家の特質です。

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2008年10月27日 (月)

中島拓也写真展-"FOTO PREMIO 2008" 疾風-コニカミノルタプラザ ギャラリーB

1984年生まれ生まれの若い作家です。

独特の語り口を持つ写真家だな、と思いました。
新潟生まれというとのことで、東京に行き帰り、新幹線からの風景の「グラデーション」を撮ろうと思い、バイクに乗って写真を撮り続けたと作者の説明書きがあります。だがこれを鵜呑みにしてはいけないでしょう。彼が新潟の学校を出て、東京で新人写真家としての評価を得るまでの彼の人生を振り返った写真であると考えた方がよさそうです。

冒頭は学校の写真が並んでいます。教室の写真、卒業式の写真。一連の学校の写真の終わりには産業廃棄物というか、廃土の山の写真が並んでいます。あるいは血を吐いて路上で死んでいる狸の写真があります。これはどっきりさせられる写真です。その写真の隣には、中年男(それは彼の父親?)が居間で扇風機を浴びて寝ている写真があります。さらにその横には教室のようなところで、男のマネキンが数体、倒されている写真があります。何気ないスナップ写真を装っていながら、そこには暗示が仕掛けられているというこの写真家の語り口があります。

十代の男ならば抱くような、残忍でシニカルな感情が底流にあり、それをドライでユーモアすら感じさせる表現に変えてしまうというところにこの写真家の感性が光ります。

一枚だけ、女性のポートレートがあります。不思議な魅力のこの女性にこの写真家は何の暗喩を仕掛けているのでしょうか。非常に楽しみでもあります。

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2008年10月22日 (水)

高橋耕平写真展-No Man's Land-新宿ニコンサロン

1978年生まれの若い作家の作品展です。

まず冒頭に飾られた作品に釘付けになります。東京都港区で撮られたという写真は、港区の風景とも、東京の風景とも、日本の風景とも思えません。SF映画に出てくるような荒涼たる更地です。おそらくそこには有害な重金属や化学物質が堆積しているかもしれず、そのような毒素に蝕まれているのか雑草一本生えていません。その面積は広大で、これだけの土地があるということだけでも驚きです。

「No Man's Land」という題名通り、この写真家は日本各地に点在するゴミ埋め立て地を撮り続けています。

空の雲がきれいに写っています。朝方なのか夕方なのか、陽の光は優しく大地を照らしています。貪欲さをむき出しにした人間たちが、ゴミを使って海を埋め大都会を作る、その過程に突如現れたかりそめの大地です。いつかここに大きなショッピングモールやホテルやマンションの建設計画が持ち上がるでしょう。美術館やスタジアムが作られ、それらを結ぶ高速鉄道が走るかもしれません。十年か二十年のうちには高層ビルが建ち並び、夜景が美しい街に変わるでしょう。

最終処分場という言葉から通俗的にイメージしてしまうもの、例えば物質文明が向かう先の死に絶えた世界、などと思ってしまいそうですが、作者は違う視点を持っているように思えます。この地を都市の「終わり」と「始まり」の間にあると場所だ作者は位置づけています。今は目立たずひっそりと沖合にあり、やがて消え行く運命にある風景ですが、やがて開発が進むまで、一息ついているような印象を与える写真です。

繰り返しになりますが、この写真展の白眉はなんと言っても冒頭の港区にあるという処分場の写真と思います。私が惹かれるのはそこに地平線が写っているということです。こんな景色が東京のすぐそばにあるのならば是が非でも見に行きたい気持ちに駆られます。地平線まで広がる荒野も都会には必要なのではないか、例えばここを丸ごと保存して草木も生えないまま公園したらいいんじゃないか、そんな風にも考えてしまいます。

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2008年10月20日 (月)

染谷學写真展-温泉の町-銀座ニコンサロン

 題名通り、北は北海道から南は台湾まで、全国の温泉場の風景を撮った写真展です。私はこれらの写真を眺めていて、山口瞳の『草競馬流浪記』を思い出していました。全国の公営競馬を全て訪ね歩いたその記録です。それは私にとって憧れだと言えば、この写真家のように写真機を担いで全国の温泉を巡るのもあこがれです。

作者自身の説明によれば、幼い頃、共稼ぎだった母親に連れられていった勤務先の慰安旅行がどこかの温泉で、その歓楽街に漂う艶っぽさの中にいる母親を見て不安になったと書いています。

小泉改革の影響か、疲弊した地方を象徴するのか、かつての歓楽地としての温泉は見事にうらぶれてまさに「撮り頃」になっていると言ってもいいでしょうか。スパ・リゾートとか何とか、思い切って資本を注入すれば、それなりに若い女性をたくさん呼び込めるはずなのに、そんなことは無縁の負け組の温泉場を求めてこの写真家は写真を撮り続けます。

私の嗜好から言わせていただくと、歓楽街の安っぽいネオンや看板が色褪せて赤茶けた湯垢が堆積していくような、その朽ちたさま(私にとっては一種のエロチシズムのようなもの)をイメージしてしまいます。それは強烈な色彩のイメージであるような気がします。

”ホテルの裏には細い谷川が流れていて、弱々しく舞い上がる無数の蜉蝣の羽が西日に透けて見えた。山あいの夕暮れは早く、薄紫色に染まる空がとても心細く感じられた”

作者自身、過去の思い出を色彩が沸き立つような書き方をしています。

それにも関わらずこの写真家はモノクロ写真で撮っています。当然のことながら被写体に漂う猥雑な雰囲気が削ぎ落とされてしまいます。秘宝館の男女が交わっている人形、成人映画の看板、春画が描かれた絵皿、廃墟になってしまった旅館の卑猥な落書き、それらの写真を観ていて気がつくのは被写体に対するストイックな視線です。

モノクロ写真というのは時代性というのも削ぎ落とします。今回の写真が二十年前、あるいは三十年前、昭和の写真だと言われても気がつかないかもしれません。おそらくそこに作者は普遍性を見たのではないのでしょうか。子供の頃に見た風景、あるいは見ることによって不安にさせられた風景と重ね合わすことができるのではないかという試みのように私は思えます。

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2008年10月19日 (日)

小柴直樹写真展-舞人の記憶 追想-舞踏家・元藤燁子-コニカミノルタギャラリーA

子供の頃から不思議に思っていたことがありました。泥の中や海の底に這っている蝦や蟹という生き物は、どうして茹でるとあんなにおいしそうな鮮やかな赤に染まるのか、ということです。彼らはあたかも茹でられて人間に食べられることを前提として生きているようで、なんとはかない生き物なのではないか? と。今考えるとそれは全く逆で、彼らを茹でて食べたらおいしかった、そのとき彼らの殻が赤く変色したことから、その色を見ただけで勝手に人間がおいしそうな鮮やかな色だ、と思っただけなのでしょう。

私が写真展に通い、写真を多く観るようになったのは、赤く茹でられて御馳走用の被写体よりも、泥に塗れたままの生きた世界を撮ろうと格闘する写真家の存在に気がついたからです。見た目は泥に塗れていても鮮やかに輝く瞬間が見えるかもしれない、それこそが写真家の視点なのです。だから有名タレントのグラビア写真なんていうのは(写真そのものは嫌いではありませんが)、このブログとしては取り上げづらい対象でした。

今回の写真展は舞踏家である元藤燁子を主人公として取り上げています。彼女もまた人に見られることを前提とした被写体です。彼女の夫は同じく舞踏家故土方巽の妻であり、彼女自身も平成15年に逝去したそうです。

私はこの手の前衛舞踏に妙に色眼鏡で見てしまいがちです。それは私が大学に入学して間もない頃、あてもなく教養学部のキャンパスを歩いていた時のことです。全身白塗りで褌一丁の姿で踊りながら練り歩いているのを目撃しました。近くで彼らの公演があり、その宣伝だったのでしょう、私は妙な反発を彼らに覚えました。その奇異な格好のパフォーマンスも大学の教養課程レベルで、コップの中の嵐ほどにも世間に対して対して衝撃を与えていないだろう、と。そう感じた私も何か妙なプライドに凝り固まった割には何をやるにも自信のなく、そのすべてのゴールが遠くに見えてしまっているひ弱な学生に過ぎませんでしたが。

写真はその舞踏家一座が熱海に公演旅行をした記録です。その舞台を撮った写真が秀逸です。それほど広くはないと思われるステージ、暗い照明の中の彼女らをフラッシュなし、ピンぼけになるのも厭わずに撮り続けています。彼ら一座が目指した呪術的な世界を仄かに感じさせる写真です。それに続いてサングラスをした素顔の彼女の写真があり、彼女がこの世界に捧げてきた年月を感じさせ、また白塗りの姿で彼女の夫である土方の写真を抱えてポーズを撮る写真は、この女性は舞踏と夫に仕えて来た聖女であるということがわかります。これがこの写真家が彼女を撮り続けた衝動なのでしょう。

彼女の一座には若い人たちがいます。彼らの海辺で撮られた写真もあります。彼女のやったことは間違いではなかったのでしょう。若い世代に松明は引き継がれたのですから。それこそが鎮魂であり、この写真展のカタルシスになっています。

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2008年10月15日 (水)

山口節男写真展-海のセラピー2-新宿ニコンサロン


海のセラピーという題名の先入観でこの写真展を見てしまうと戸惑いを感じてしまうかもしれません。海を守れなんてスローガンのもと、海の持つセラピー効果について写真を通じて訴える、なんて通俗的に考えると肩すかしを食らいます。ここには一見何の変哲のない海辺を被写体としたモノクロ写真が並んでいます。

例えば堤防と浜と海と空のみの何もない写真(まるでトリコロールをモノクロ撮影したかのような、これ以上ないほどのシンプルな構図で、実は私自身この写真が一番好きだったりします)。テトラポット、砂浜の途中で消えてしまう轍。作業中なのか作業を放棄してしまったのか、浜に突き刺したままのスコップ。ぽつんと立つ街路灯。電柱。松の木。防火水槽の標識、うち捨てられたかのようなパワーショベル。親しげに寄り添うように見える一対の風力発電用風車。それらは浜辺の景色の中でぽつんと孤立しています。

ハイトーンの写真は白日夢のようにも思え、じっとその写真を眺めていると何かざわめきのようなものが聞こえてくるような気がします。それは浜辺に響く波の音でも風の音でもありません。何もない浜から突然非現実なものが飛び出してきそうな、その前兆の地響きのような雑音です。観る側にとって何か心が騒ぐ、と言い換えても良いかもしれません。でも何も起こるわけはありません。うららかな浜辺の景色のままです。

作者自身、人生というものを川にたとえればたどり着く先は海だろう、ということを書いています。作者は40代後半、まだ人生の結論に達してしまうのは早い。でも一足早くその到達点をさまよい、そこにある何かを探し求めてシャッターを押し続けた姿が浮かんできます。

写真展の最後に飾られている海の写真が印象的です。トーンが飛んでいて何も写っていないように見えます。それは写真なんて結局のところ無だぜと挑発しているようにも思えますし、この写真を新たなゼロとして写真を撮り続けようという決意表明ともとれます。どうやらこの撮影を通してのセラピーはこの写真家にとって成功だったのではないかということが、観る側に救いとなっています。

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2008年10月12日 (日)

木内博写真展-月の輝く夜に-エプソンイメージングギャラリーエプサイト ギャラリー2

月の輝く夜、湖か海か、淡い月光を照り返す水面のさざめきを撮った写真展です。

もし何の説明もなくこの写真を見せられたら、写真とは気がつかないかもしれないません。特殊な方法で描かれた抽象絵画と思うかも知れません。

写真というのは通常二つの工程を経て生み出されるものです。最初の工程はレンズを介して銀塩か、光学センサーを介して光を写し込み、メモリーする工程。二つめはメモリーされた情報を感光紙かインクジェットプリンターを通じて復元する工程。

これら二つの工程について、記録され、復元される情報には物理的な制限があり、写真という表現を行う上ではその制限、言い換えれば光の帯域というものに支配されざるを得ません。

だから写真という表現活動を行うには、その制限を知り尽くしていなければなりません。知り尽くした上でどうするのか。テクノロジーでもってその帯域を広げるようメーカーに働きかけて最新鋭の技術を獲得するか、その帯域の中で最大限表現できるもの引き出すか、二通りの表現方法があるように思えます。木内はそのどちらにも属さない写真の撮り方をしているように思えます。

同じエプサイトの会場で中野正貴が同じようなコンセプトの写真を撮っています。夜の東京を流れる川、ネオンの光が反射する水面を写した写真です。被写体は似ていても、その撮影手法は百八十度異なります。

中野は写真における光の帯域を知り尽くした熟達の写真家です。木内と同じ波間の光の揺らぎを撮ったとしてもそれは水面であることはすぐに解ります。いわばオーソドックスな撮り方といっても良いです。木内はもっと大胆に、ある意味テクノロジーの限界を超えたところでの写真を撮っています。

私はまだまだ写真というテクノロジーは発達途上であり、進歩すべきものが残っていると思っています。例えば夜の淡い光。我々の感性に近いまでの微弱な光を写真が捉えているとは言えません。だがそれを無理を承知で撮ったとしたらどうなるか。つまり無理な増感をすれば細部の情報は失われてしまいます。あるいは細部を最大限復元しようとして、全体のイメージが消えてしまうこともあります。そこに木内の着想があります。

つまり光のテクスチャーは抽象化されます。インクジェットプリンターでプリントアウトされた映像はマットな印象ですが、月の光はくすんだ金色に輝いて、エロチシズムすら感じさせられます。遙か原初に生命という複雑な構造体を生み出すための必要だった分子の揺らぎについての決定的な証拠写真のようにも。あるいは喪われたものの鬼火のようにも。

いずれにしろ極めて美しい写真です。

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2008年10月 5日 (日)

John Sypal作品展-Gaijin Like Me- 新宿ニコンサロン

銀座と新宿のニコンサロン、奇しくも同じ題材、日本におけるガイジンを被写体とした作品展が開かれています。

題材が同じでもそのアプローチは全くと言っていいほど異なります。今回訪れた新宿ニコンサロンの「Gaijin Like Me」、作者はアメリカ生まれのガイジン、1979年生まれの若い写真家です。千葉県松戸市に居を構え、日本について、そして故郷のアメリカについての作品を発表されているそうです。

この写真展の狙いは明確です。日本におけるガイジンという奇妙な存在についてです。ここで作者が定義するガイジンとは極めて狭義の定義です。つまりガイジンとは白人男性である、と。日本人がイメージするステレオタイプのガイジン像があり、そのステレオタイプのイメージ通りに彼らが安住することにより、居心地の良い特権を得ていると作者はまず作品展のキャプションで論じています。彼らは日本人の中で珍しい存在であり続けること、そうであることによって特権を享受できるわけですが、その安寧を脅かすのが同じように特権を得ているガイジン同士ということになります。と言うわけで、珍しい存在であるガイジン同士が街ですれ違う時に見せる「控えめな対決姿勢」の視線を感じていて、それをテーマとしたということです。つまり自らガイジンである作者の視線の代わりにカメラを持ち歩き、被写体であるガイジンの視線を写し取ろうというユニークな実験です。

作品は街のスナップ写真です。スナップ写真というのは撮影者たる自分の存在を極力消し去り、街の生の表情を写し取るというイメージを考えてしまいます。つまり神の眼たらんという方法論です。だが作者は百八十度異なった姿勢です。撮影者である主体を被写体に晒すことにより、その反応を引き出そうというやり方です。


例えば法被を着て祭りに参加しているガイジンがいます。彼はたぶん御輿か何かの写真を撮ろうとしているのでしょう。次の写真で作者が向けるカメラの存在に気がついて、作者に向けてしかめっ面をしています。あまりに作者の狙い通りのリアクションに思わず笑ってしまう写真です。作者自身の社会に対する鋭い観察眼があり、そこから作品全体を通して漂ってくるのはこのユーモアと言ってもいいでしょう。

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2008年10月 3日 (金)

鷲尾和彦写真展-極東ホテル-銀座ニコンサロン

    山谷の簡易宿泊所に集うガイジン達のポートレートです。「極東ホテル」というのは作者が名付けたもので、その宿泊所には様々な人種、老若男女が訪れます。

背景に写る壁紙のテクスチャ、洗面台、都市ガスのメーター、「消火器」の表示、確かに日本の安宿で撮られた写真であることはわかります。しかしながら彼らの強烈な存在感は、本当に日本で撮られたのかと疑わせるほど異彩を放っています。

ここに登場する人たちは少なくとも街角で見かけるガイジンの観光客には見えません。国から国へ移動することの強迫観念に駆られているだけで放浪を続ける「旅行中毒者」(そんな病があればの話ですが)のセラピー施設の患者に見えてしまいます。

彼らは少しだけ日本の「文化」について影響を受けています。PSPをいじっていたり、リラックマのぬいぐるみを持っていたりします。特にアラブ系の顔立ちをした女性がセーラー服を着ているポートレートが目を引きます。女子高生たちが着こなすセーラー服がどうしてグローバル性を持つファッションとなり得たのか、大変興味があります。が、私が論じきれる問題でありません。ただ彼女の表情が何か切なげに見えるのは私だけでしょうか。

そのような日本の「文化」を手に入れた彼らですが、満足しているようには見えません。特に怒っているようにも失望しているようにも見えず、東洋的な諦念が彼らに乗りうつったかのようです。どちらかと言うと、もう一つの日本の「文化」である、ヨソ者に対する「よそよそしさ」に圧倒され、孤立しているような視線を投げかけています。

私は会場の写真を眺めながら、同じようなコンセプトでたとえばニューヨークで、ロンドンで、ムンバイで旅行者のポートレート写真を撮ったとしたら、一体どんなまなざしをしているのだろうか、ということを考えていました。

おそらく違った目をしているのでしょう。その特異性こそ「極東ホテル」の強力な磁場があるのではないでしょうか。

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