米田知子展-終りは始まり-原美術館
(Ⅰ)
原美術館というのは品川から結構歩いて時間のかかる不便な場所にある美術館ですが、若い女性に人気があるようです。時間が悪かったのか、偶然なのか、男一人は私だけ。チケット売り場の女性も突然の私の出現に驚いているようにみえたのは、私の思い過ごしでしょうか。
おそらく大きなお屋敷を改造したと思われる会場の制約なのか、それとも何か意図があるのか、作品の並べ方が変則的に思えました。会場の入口にいきなり初期作品が飾られ、色々な時期の作品が錯綜する形で展示されています。
今 回の写真展について整理して時系列に並べると以下のようになります。初期作品としての「トポグラフィカル・アナロジー」(1996-1998)、トロッ キーやフロイトなど著名人の眼鏡越しにその著名人にまつわる書翰類を見つめた「見えるものと見えないものの間」(1998-2008)、ヒトラーの遺品を 写した「信じがたきものの断片」(2002)、世界各国の歴史上に刻まれた地を訪れた「シーン」(2002-2007)、ソ連崩壊後の東欧を題材とした 「雪解けのあとに」(2004)、および「立ち上がる都市」(2006)、北アイルランドを主題とした「ワン・プラス・ワン」(2007)、そして「パラ レル・ワールド-ゾルゲを中心とする国際諜報団密会場所」(2008)、となります。
初期作品、「トポグラフィカル・アナロジー」を例外 とすれば、この作家の方法論ははっきりしています。気になった写真についてその写真の題名を書き下してみます。「スナイパー・ビュー-クリスチャン・スナ イパーのポジションから中間地帯を望む、ベイルート」「道-サイパン島在留邦人玉砕があった崖に続く道」、つまり私の説明はほとんど必要ありません。この 題名通りの作品です。
ざっと会場を見回して、この写真家はかなり際どいことをやっているな、というファースト・インプレッションを受けま した。上述の「道」という作品について言えば、その題名を知らなければこの写真についての価値を見出すことができないわけです。単に歴史上に名を刻まれた 地点を訪問しての記念撮影、観光旅行のスナップ写真とどこが違うの? という疑念に捉われてしまうわけです。
さらに言えば写真に写真以外 のところに意味を求めた場合、色々な負うべきものが生じてしまいます。例えばなぜパールハーバーでなく、サイパンを撮ったのか、あるいはなぜイスラム・ス ナイパーの視点でなく、クリスチャン・スナイパーの視点なのか、撮ったもののみならず、撮らなかったものまで、写真以外の雑音が生まれます。
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